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東京高等裁判所 昭和61年(う)1216号 判決

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は、全部被告人三名の連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人小川原優之及び被告人三名がそれぞれ提出した各控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官青野眞治が提出した答弁書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。

一  弁護人及び被告人金子の各控訴趣意中、職務行為の適法性に関する論旨について

所論は要するに、深澤執行官は、本件仮処分決定の執行に当たり、当日現場にあった三基のやぐらが仮処分決定の物件目録に収去対象物件として列挙されているものとは明らかに異なるのに、その対象物件の範囲を逸脱してこれらをも執行の対象としたもので、同執行官には右三基のやぐらを収去する具体的職務権限がなく、従って、本件仮処分決定の執行及び同執行官の援助要請に基づいて警察官らがした被告人らに対する排除行為はいずれも違法であるから、これに抵抗して行われた被告人らの本件行為について公務執行妨害罪が成立するとした原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認及び法令適用の誤りがある、というのである。

そこで、検討するに、深澤執行官が本件仮処分決定の執行として収去した工作物のうち、西側やぐら及び三基のやぐらを順次結ぶ連絡橋が仮処分決定の物件目録に収去対象物件として記載されていないこと、北側及び東側の各やぐらが同目録に記載されたものより背が高いことは所論のとおりである。

しかし、原判決が掲げる関係各証拠によると、本件仮処分決定の執行当時における現場の状況は、原判決が「弁護人の主張に対する判断」の中で詳細に認定しているとおりであって、右仮処分決定において収去対象物件とされたものがいずれも当該土地上に存するうえに、同目録に直接記載がないものあるいは現況がその記載と異なる部分も、同目録に記載された工作物に附合してこれと一体となり、あるいはそれの従物にすぎないという関係にあるものばかりであり、現場の状況、特にその工作物の形状、材料、造り方、使用目的等からみても、それ自体として独立した不動産と目されるようなものではないことが認められるから、これらの工作物を一括して収去しても、必ずしも仮処分決定の物件目録に示された収去対象物件との間の同一性を害するものとは思われない。

そして、右のほか、本件仮処分決定が、当該土地の明渡を主眼としているものと解釈できることを考慮すると、同執行官が、当該土地上に存していた工作物すべてについて、右の同一性があると判断しこれを収去したのは、執行官に与えられた裁量の範囲内の措置として是認することができる。

しかも、同執行官は、本件当日の早朝、本件仮処分決定を執行するため現場に到着し、先ず外側から概況を見て、執行が可能であるとの一応の判断をくだしたうえ、警察官に対し、執行を妨害する構えを示していた被告人らの排除を要請し、被告人らが排除され、警察官による実況見分も終了した後の当日午前九時ころに、あらためて現場を点検して、最終的に執行が可能であるとの判断を固め、然る後に具体的な収去作業を開始しているのであるから、被告人らが本件行為に及んだ段階においては、まだ現実の収去行為が行われていなかったことが明らかで、同執行官の措置に違法と目すべき点は全く見当たらないのである。

その他所論にかんがみ記録及び証拠物を精査して検討してみても、同執行官の職務行為ひいては同執行官の要請に基づいて被告人らの排除に当たった警察官らの職務行為について適法性に欠けるところがあったとは認められないから、原判決に所論のような事実誤認ないし法令適用の誤りはないものといわなければならない。論旨は理由がない。

二  弁護人及び被告人金子の各控訴趣意中、刑法三五条の正当行為に関する論旨並びに被告人高橋及び同吉澤の各控訴趣意について

所論は要するに、被告人らの本件行為は、いわゆる忍草農民が古来有してきた入会権が、軍用道路の性格を有する東富士道路建設のための違法、不当、憲法の平和主義の理念に反する本件仮処分決定の執行により一方的に侵害されようとしたことに対する抵抗行為であって、刑法三五条の正当行為に当たり、違法性が阻却されるのに、原判決は、入会権の存否や右道路建設の必要性の有無などについて何らの認定もせずに被告人らを有罪としたものであるから、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認及び法令適用の誤りがあり、また、原審において弁護人らが右と同旨の主張をしたのに、原判決はその点について何ら判断を示していないから、原判決の訴訟手続には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違反がある、というのである。

記録及び当審における事実取調の結果によると、いわゆる忍草入会組合に所属する忍草地区の住民らが、本件仮処分の対象地を含む付近一帯の土地について、過去に入会権者としての取扱いを受けてきたという歴史的経緯があること、その土地を所有し、現在では右の入会権が消滅したとする山梨県に対し、右住民らのうち一部の者が、右土地について今なお入会権があると強く主張し、その入会権を守るための運動を熱心に繰りひろげるとともに、右土地を横断する形で建設を計画された東富士道路が軍用道路としての性格をもつものと判断し、これを右の入会権を守る運動に結びつけ、その建設予定地の中に本件仮処分により収去されたいわゆる管理小屋等を構築して立てこもるなどして抵抗し、そのため本件仮処分決定の執行という事態を招いたことがうかがわれる。

しかし、右住民らに入会権があるか否か、更には本件仮処分決定の当否、特にその必要性、緊急性の有無についての争いの解決は、それぞれの民事裁判手続によるべきものであって、右住民らとしては、その手続を通じて必要な救済を求めるのが本筋であるから、仮に右住民らが入会権を有し、また、その入会権の行使が本件仮処分決定の執行により大きな影響を受けることになるとしても、右の手続きを経ることなく、仮処分決定の執行に暴力をもって抵抗することは許されないのである。ことに本件は、右住民らの支援者であるにすぎない被告人らが、執行官の要請により被告人らを排除しようとした警察官らに対し、原判示のような態様による暴力的な行動に及んだ事案であって、その行為が刑法三五条の正当行為として許容されるものとはとうてい解されず、被告人らとしては原判示のような罪責を免れない。

従って、原判決に所論のような事実誤認ないし法令適用の誤りはないものといわなければならない。

なお、所論の主張について、原判決にその判断が記載されていないことは所論の指摘するとおりであり、原判決の訴訟手続には刑訴法三三五条二項違反のかしがあるといわざるを得ないが、本件においては、右の主張は理由がないことが明らかであるから、右の法令違反が判決に影響を及ぼすものとはいえない。

論旨は理由がない。

よって、それぞれ刑訴法三九六条、一八一条一項本文、一八二条により、主文のとおり判決する。

(坂本武志 田村承三 本郷元)

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